比丘たちよ、このようにすれば悟りの智慧と解脱が完成する
今回は、私は全く実現できていない、実践修行のお話しです。
まず、次の経典の記述をお読み下さい。
「比丘たちよ、出入息観を養成し、強化すれば、大きな効果があり、大きな利益がある。比丘たちよ、出入息観を養成し、強化すれば、『四つの注意力の確立』が完成する。『四つの注意力の確立』を養成し、強化すれば、『悟りにいたるための七つの支分』が完成する。『悟りにいたるための七つの支分』を養成し、強化すれば、悟りの智慧と解脱が完成する。
(山本充代訳「中部経典第118経 出入息観(治意経)Anapanasati Suttaアーナーパーナサティ・スッタ」春秋社版)
スッタニパータとかダンマパダ(法句経)などの経典では、上に引用したような概論または要約のような記述しかありません。
ですから、具体的にどうすればよいのかが分かりづらいのです。
それに対して、長部経典(ディーガ・ニカーヤ)とか中部経典(マッジマ・ニカーヤ)は、かなり詳しく説明されています。
「中部経典第118経 出入息観」は、『四つの注意力の確立』や『悟りにいたるための七つの支分』の実践法を詳しく説明しています。
今までに紹介した経典の記述は、どちらかと言えば、単行本の帯に印刷されたその本に関心を持たせるための、キャッチフレーズもしくは、その本のハイライト部分のようなものです。
意味ありげで心惹かれるけれど、何となくその気にさせられただけで終りかねない。
お釈迦様の教えは、道=実践なんだと言われますが、言われている割には、その実践の具体的なやり方が説明されない。
例えば、ダンマパダ第183句に相当する漢訳、
諸悪莫作(しょあくまくさ) ― もろもろの悪を作すこと莫く
衆善奉行(しゅうぜんぶぎょう) ― もろもろの善を行い
自浄其意(じじょうごい) ― 自ら其の意(こころ)を浄くせよ
是諸仏教(ぜしょぶつきょう) ― 是がもろもろの仏の教えなり
183 すべて悪しきことをなさず、善いことを行ない、自己の心を浄めること、──これが諸の仏の教えである。
(中村元訳「ブッダ 真理のことば 感興のことば」岩波文庫)
特に漢訳の読み下し文を読むと、なんだか悟ったような気分にさせられる。
でも、これだけでは具体的にどうやれば良いのか分からない。
すでに悟った人や、悟りに限りなく近い人はこれで納得なんでしょうが。
では、「中部経典第118経 出入息観」をよく読めば具体的なやり方が分かるでしょうか。
私には大変難しい。
そこで私のような者には、どうしても教師とか解説書とかマニュアルが必要になります。
だが、明治になって、西洋文化がどんどん流入するようになり、西洋でも仏教の研究が進んでいることを知り、日本の仏教とは全くといいほど異なるテーラヴァーダ仏教の存在を知り、そこで保存された経典(アーガマ=漢訳では阿含経)を知るまでは、この中部経典の記述に従った修行法を行なう宗派はなかった。
いまでも、こういう修行法を実践したいと思う日本人は、テーラヴァーダ仏教諸国(ミャンマー・タイ・スリランカなど)へ出かけていかなければならないようです。
これらの諸国では、今現在も真剣にお釈迦様の道を修行されている方が沢山居られるようです。
私のように片手間にかかずらうのでなく、ご自分の人生を投入し、この道を一生歩き続けようとされておられるようです。
手引書が日本語になっていますので紹介しておきます。
①三橋ヴィプラティッサ(円寒)比丘訳「観息正念 坐禅手引書 プッタタート比丘講義録」無料頒布本(詳しくは、http://d.hatena.ne.jp/daijyoubu/20061226)
②太田陽太郎訳「ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門 豊かな人生の技法」
(春秋社)
③ウ・ウィジャナンダー大僧正訳「マハーシ長老著『ミャンマーの瞑想 ヴィパッサナー観法」(国際語学舎)
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